イギリスでも、黙っていられません

海外駐在妻の、世界へ向けたひとりごと

イギリスの教会で、クリスチャンマインドを学ぶ 3

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クリスマス休暇の間に、私は主人とドイツへ旅行し、アルテピナコテークやヴィース巡礼教会を訪れた。

ミュンヘンのアルテピナコテークには、宗教的な題材の名画が多く、荘厳な印象だった。

朝から雪が降り、日が15時には暮れてしまうドイツ。デューラーをはじめとするドイツの作家とともに、イタリアのラファエロ、レオナルドダヴィンチ、そして17世紀フランドルのルーベンス。

私でも名前を知っている著名な画家たちの宗教的な作品は、人間の愚かさや希望の光、天使たちの美しさをそれぞれの筆致で表現していて、見ごたえがあった。

私はこの素晴らしさをエマと共有したくて、イギリスに帰ってきてすぐに報告しようとしたが、語彙の少なさに断念した。

そして、これに対するエマの反応は薄かった。

 

このとき気づいた。

イギリスのクリスチャンにとってのドイツやフランスの教会、宗教画は、日本人の仏教徒にとってのタイやチベット仏教みたいなものなのかもしれない。

 

私もときどき、「君は日本人?仏教徒なんだろう?」とダライ・ラマについて聞かれることがあるけれど、仏教といってもひとくくりにできるものではない。

ましてやイギリスなんて、イギリス国教会としてカトリックやプロテスタントとは一線を画している。

 

勉強不足の私が言うのもなんだけれど、いろんな国の教会や宗教画を見て私が気づいたこと。それは、「キリスト教というひとつの枠組みに所属し、聖書を理解し、祈り、宗教的な祭日を過ごしていても、それは集団ではなく個人的な活動なのだ」ということ。

 

自省し、つねに最善の行動を考え、しかしそんな自分に酔いしれてはいけない。
そうやって自己と向き合おうとするエマの姿勢、そして自分だけでなく社会のことを考えているエマの態度に、私はとても好感を抱いている。

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