イギリスのベジタリアンディナーを食べて思うこと
主人がケンブリッジ大学のディナーパーティー、フォーマルディナーに連れて行ってくれた。
フォーマルディナー(以下フォーマルとする)は、大学のカレッジごとに開催される会食会のこと。
学生や研究者は、自分の所属するカレッジのフォーマルの予約を取ってゲストを呼ぶことができる。
つまり、私のように、大学に所属しない人間も、お招きいただけばカレッジのフォーマルに参加することができる。
そもそも、カレッジとは?
ケンブリッジ、オックスフォード大学の学生や研究者は入学と同時にカレッジに所属する。
このカレッジとは、個別に図書館や寮などの設備を持っている。
学生や研究者は、自分の所属するカレッジに住んだり、図書館を使ったりしながら生活をし、
カレッジで行われる入学・卒業式などの行事に参加をする。
一言で説明するとしたら、ハリーポッターのグリフィンドールとかスリザリンといったグループ分けのようなものだと思う。
学年も年代も研究分野も異なる同じ大学の関係者たちが寝食と儀式をともにし、交友関係を広げることで視野を広めてほしい…そんな願いが込められているのだという。
料理の幅広い選択肢
フォーマルでは、通常の献立と別にベジタリアンメニュー、ビーガンメニューが用意されている。また、dietary requirement といわれる、食べられない食べ物を事前に申告する制度がある。アレルギーや宗教の問題、好き嫌いの問題などに配慮してくれるこの仕組みは、この大学がいかに国際的かを物語っている。
普段はフォーマルを予約する際に、普通の献立・ベジタリアン・ビーガンメニューのどれかを選び、dietary requirementを申告するのだが、この日は全員がベジタリアンメニューの日だった。
フォーマルディナーの様子
当日、主人はスーツの上にガウンを羽織った。ケンブリッジ大学では、特別な催しの正装は、ガウンと決まっている。学生や教授はこの衣装で参加する。
私のように学生ではない人間は、ちょっとおしゃれな格好で出かける。
中には露出の激しい真っ赤なドレスやピンヒールの人もいるが、私は質素なスタイルにしている。ワンピースを着て、イヤリングやネックレスはつけない。
会場に着くと、食堂とは別に、中庭2つを越えたテラスでウェルカムドリンクがふるまわれた。アルコールが少し入っているのだろうか、パイナップルとココナッツの入った飲み物を飲みながらワイワイと談笑する人たち。中庭が見渡せるのでとても気持ちがいい。当時の季節は4月だから、夜の7時半でもまだ明るい。
ディナースタートは遅く、8時からだった。
食堂に移動すると、とても広くて驚いた。壁には有名な卒業生やフェローの肖像画が飾られ、テーブルにはランプの明りがともされ、ハリーポッターのようなムードあふれる場所だった。
ヘンリー8世の肖像画まであるところが、この大学の歴史の長さを物語っている。
ディナーは3platesのコースになっている。前菜、メイン、デザート。
今回は、パンとともにマッシュルームのスープが運ばれ、食べ終わるとメインのグラタンが運ばれてきた。「ベジタリアン料理だからきっと物足りないだろうな」と思っていたのだが、実際はすごいボリュームだった。
添え物のサラダにはロケットとキュウリ。ブルーチーズがきいて食べ応え抜群。
メインのグラタンにもチーズソースがたっぷりとかけられ、ニンジンやカリフラワーがぎっしり詰まっていた。
デザートは、レモンポートという、イギリスの伝統的なスイーツだった。レモンの酸味がしっかりと感じられるけれど、とっても甘い、カスタードクリームくらいの硬さのクリームだった。生クリームと、マーガレットの花形のチョコがのせられ、春らしい色どりだった。
食事のお皿が運ばれてくるたびに、ワインが注がれた。マッシュルームのスープとともに、辛口の白ワイン。グラタンとともに、辛めのロゼ。クリーム系のこってりとした舌ざわりの料理だったから、ワインで口の中をさっぱりさせることができた。
最後に、レモンポートとともにワインが運ばれてきたのには驚いた。デザートとワイン!?
甘ったるい、でも、渋みがきいたワインと、甘み酸味のレモンポート。
こんなにたくさんの絶妙な味を楽しませてくれるディナーとは。
ろくにワインの名前も知らない私でも、違いがはっきりとわかるワインを選んである。
これで終わりかと思いきや、食後にコーヒーと、チーズとクラッカーが出てきた。
イギリスでは、正式な食事の際、デザートのあとにチーズとクラッカーを食べるのだそうだ。
クリスマスのディナーの最後にも、チーズとクラッカー。
クラッカーは全粒粉でできていて、どちらかというとビスケットほどの食べ応えがある。そこにチーズをのせて食べる。
チーズは3種類の大きなかたまりがテーブルごとに置かれた。自分で好きなだけ切って食べる形式なのだ。
日本では小さく切って取り分けてあるのが当たりまえだけれど、イギリスはこうやってサーブされることが多い。
隣の偉い教授が熱心に話しているにも関わらず、「sorry」なんて声をかけて間に入り、自分のチーズとクラッカーを確保しないといけない。
そういう無礼講というか、ざっくばらんなところがなんとも面白い。
最後にミント味のチョコまで小鉢に出されて、大食らいの私でも、おなかがはちきれそうだった。
ビーガンの人たちのふるまい
このディナーで、私は初めてビーガンの人たちを見た。
ビーガンとは、肉や魚を避けるだけでなく、チーズやバターなど動物由来のものを一切避ける人のことだ。チキンコンソメすらだめなんだそうだ。
正面に座っているご夫婦は、チーズが入ったサラダや、食後のチーズには一切手をつけていなかった。メインのグラタンは確かにボリュームがあるけど、そんなにあれこれ食べるものを避けていたら、あとでおなかがすいてしまいそう。大丈夫だろうか。
ベジタリアン・ビーガンの人たちの意識
どうして西欧では、ビーガンやベジタリアンが多いのだろう。
私の友達にもベジタリアンはいる。私はてっきり、「ダイエットや健康のため」だと思っていたが、彼らは「環境のためだ」といった。牛や豚を育てるには、大量の飼料が必要になる。飼料をつくるために大量のエネルギーが使われているから、それは環境によくない、というのだ。
その理論はわかったけれど。環境のために、おいしいお肉を生涯我慢するなんて。食事のバリエーションも狭まっちゃうし、なんだか大変そう。
彼らの話を聞いても、これまでの私には他人事だった。
ディナーパーティでベジタリアンフードもおいしいと知ったものの、私はとくに、ベジタリアンレシピに挑戦しようと思わなかった。「今日は楽しかったね、ベジタリアンフードもいいもんだね」と主人と話しながら、ちょっと寒い夜道、家路に向かった。
自転車をこぐと、主人のガウンの裾が風にたなびく。ハリーポッターがほうきに乗っているように見えて、幻想的な風景だった。