イギリスでも、黙っていられません

海外駐在妻の、世界へ向けたひとりごと

山崎豊子『沈まぬ太陽』と重なる東日本大震災

沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)

沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)

私の人生において、東日本大震災というのは、本当に衝撃的な出来事だった。

震災直後は、私も職場を失って気持ちが滅入っていたときだった。それで結局、ボランティアに行けなかった。

でも、震災の2年後から、私は何度も福島と宮城に訪れた。

それは、津波ですべて流されてしまった町だったり、復興しようとしているかまぼこ工場だったり、全村非難となった町だったり、2人の子どもと両親を失った夫婦の家だったり。仮設住宅だったりした。

 

そして、震災に関する映画や本も読んだ。石井光太『遺体』は、小学校の遺体安置所のドキュメンタリーで、字を追うことが本当につらく、しかし映画も、厳しいものがあった。

遺体安置所の状況を語ってくれた市役所の方の言葉が映像と重なり、においや空気感まで、自分の中に入ってきた。

園子温監督の『希望の国』も、つらい映画だった。園監督らしい作品だった。被災者のやるせなさ、怒り、こらえきれない思いを代弁するように、確実に爆発させてくれた。

だからこそ、つらかった。

 

苦しい思いを抱えたとき、だれにも話せなくて心がむしばまれる。

東日本大震災は、本当にたくさんの人をそんな気持ちにした事件だった。

「自分よりもっと大変な思いをしている人がいるから」と、つらさを吐き出せなかった人がどんなに多いことだろう。

「数十メートル先の家はきれいに残ったのに、我が家はきれいさっぱり流されてしまった」

「隣町は全村非難勧告があったから補償金が出るけれど、こっちの町は「避難するか否かは自身の判断で」と言われた。補償金も出ない。原発から半径何メートルという境界線は、こんなに明確なものなのだろうか。私たちだって、同じくらい被ばくしているはずなのに。」

 

テレビをつければ、津波の映像ばかり。

2011年の3月、私は怖くて怖くて、そんな気持ちを拭い去るために、アボカドの香りの乳液を新調した。

五感の中で、嗅覚だけは心地よさを感じたかった。

食べることもだめ、見ることもだめ、聞くこともだめ、語ることもできない。

そんなときに、香りは私の心をいやした。

 

数年たって思うのは、私たちには、「癒し」と「共感」が必要だということ。

ドキュメンタリーや映像で訴えかける作品は、震災数年後に私の心を打った。

 

ただ、東日本大震災を文学として紡ぎ、心を揺さぶった人には、まだ会えていない。

あまりにいろんなことがありすぎて、いろんな境遇の人がいて。言葉を紡ぐには、真実を掘り起こすには、時間がかかるのだろう。複雑な問題なのだろう。

 

しかし私は、『沈まぬ太陽』を読んで、「ああ、これは東日本大震災の話だ」と気づいた。

1985年に日航機が墜落し、520人の乗員が亡くなった事件。

問題の原因は解決されていないが、事件の背景から浮かび上がってくる、「安全」よりも「利益」を優先した組織体制。癒着によって機能をなさない労働組合。

 

その事実はまさに、東日本大震災の事実でもある。

震災と津波は自然災害だとしても、福島第一原子力発電所事故は人災だ。

 

政府が、東電が、長年ペンディングしてきた原発の安全管理に問題があった。

原発を押し付けられた地域の人たちは、原発に関連する職を得て依存傾向にあった。

 

東日本大震災で、津波と原発問題の2つが重なり、被害者とその家族は、御巣鷹山の遺族と同じ状況に立たされた、と私は考える。

 

御巣鷹山の遺族は、日航機墜落により突然大切な家族を失った。

東北の人たちは、地震と津波により突然大切な人たちを失った。

 

御巣鷹山の遺族は、日航からの説明不足により、会社への不信感を持った。まだ悲しみも冷めやらぬ中、補償金の話をされ、しかもその内容はわずかなもので、さらに心を痛めた。

なぜ自分だけ生き残ったのか、と苦しんだ人がいる。

「なぜ電車ではなく、飛行機を薦めたのだろう」と、自分を責めた家族もいる。

遺体を探しに行っても、黒焦げで遺体の一部さえ見つけられず、事実を認めることが困難だった遺族が、たくさんいる。

補償金額は、年齢や職業によって基準が定められていた。妻の補償金額があまりに少なく、「妻の命はこんなにも小さな金額として扱われるのか」と心を痛めた人もいる。

 

 

東北の被災者は、故郷を離れた人もたくさんいる。それは、自分の町が放射能にさらされ、住むには危険と判断されたからだ。

津波で流された家族の捜索を続けたいのに、放射能にさらされているので継続できなかった家族もいる。彼らも、日航機の遺族と同じように、家族の死に納得ができない。震災と津波、放射能問題。3つの問題が絡み合ったがために、補償の内容が人により、地域により異なった。

 

どちらの遺族も、被害者は自分の「不幸度」を他者との比較の中で測り、我慢せざるをえず、葛藤した。

 

『沈まぬ太陽』御巣鷹山編(第三巻)は、とくに被害者遺族の苦しみがよく表れている。

遺体の一部でも持ち帰り荼毘に付したい、という遺族の気持ちが鮮明に描かれている。

石井光太『遺体』がフラッシュバックする。

 

辛い過去を振り返ることは、勇気がいる。

今も津波の映像を見て、気分が悪くなる人がたくさんいる。

私も、できれば悲しいことを思い出したくないし、追体験したくないけれど。

この作品は、読まねばならない本だと感じた。

 

その他の読書感想文

 

 

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