イギリスでも、黙っていられません

海外駐在妻の、世界へ向けたひとりごと

海外駐在中に感じるささやかな「幸せ」について

私はお金を使わなくても、毎日ほとんど変わらない日々でも、楽しいと思える人間だ。

なぜなら、趣味が読書とお絵かきと、作文だからかもしれない。

家の中にいても、本を読めばどんどん世界は広がるし、お絵かきや手芸をして、自分が好きな世界観に包まれていく。

ネットを開けばたくさんのブログがあって、美しい写真を見て、出かけた気分になれる。

 

 

また、主人が忙しくて、ほかの駐在妻よりも旅行の回数が少なかったり、外食することが少なくても、毎日楽しいと思っている。

ちょっとお散歩に出かければ、たくさんの美しい花が咲いているし、家にいても教会の鐘の音が聞こえる。家で美味しいご飯を作ることができれば、安くすむし胃腸にも優しい。

 

でも、もし旅行に行くならば。行きたい場所を絞って、その旅行のためにたくさんのお金をかける。

お土産のお菓子、伝統の茶器、その地方特有の民芸品、有名な料理、行きたい美術館、入りたい教会の入場料…

こうやってメリハリのあるお金の使い方をするのが、私の価値観。

 

でも、私の友達の駐在妻は違う。

彼女はもっと、お金を使う。

たとえば、毎日の食事。彼女はお料理をしないから、外食をしたり、惣菜を購入したりして、普段の食費は私の倍以上かかっている。(しかも、ご主人とは別会計)

また、彼女は勉強好きだから、習い事や本の購入など、自己投資を欠かさない。

趣味のためにロンドンへちょくちょく出かけている。

旅行も大好きだから、旦那を置いてでも出かける。

でも、旅行にかける費用は工夫している。1泊すると高くなるから、と、早朝に出かけて日帰りで深夜に帰って来たり、格安航空を選んだり。

 

彼女は私に、「もっと外に出かけなよ」「せっかく時間があるのだから、習い事をしたらいい」と、勧めてくれる。

 

私は「いやでも、主人を放っておけないし」「習い事はお金がかかるからなぁ。あなたは日本に帰ったら復職するから、英語をキャリアにできるけど、私はパートになるだけだから。英語の語学力を高めても意味ないよ」と、言い訳をした。

 

でも、彼女に2度目に会った時に気づいた。

当たりまえのことだけれど。

私は、自分の価値観を自分で選択したのだ、と。

もし主人と結婚していなかったとしても、私は英語を極めようという気力を持っていなかっただろう。もし一人で自由な身だったとしても、ガンガンと頻繁に旅行にでかけたりもしない。

私はもとから、向学心もなく、英語を鍛えようという覇気もない。

精力的に旅行をしたいという意欲もなく、でも旅行するならば、行きたい場所をしっかり決めて、お金がかかっても長く滞在することになっても、じっくり観る。

 

おかしい。

 

日本にいるときは、もっと頑張り屋だった気がする。

英語もいっぱい勉強したし、資格試験も仕事の合間に挑戦してきた。

年に1度は海外旅行をすると決めて、旅行代理店でパンフレットをいっぱいもらってきた。

 

でも、あれは「日本で作られた私」だったんじゃないかな、と最近思う。

みんながやっているから、遅れないように私もそうやって、「仕事を頑張りプライベートも充実しているOL」を演じていたように思う。

 

もちろん、この駐在妻の友達のように、心から旅行や語学学習を楽しんでいる女子が日本にいっぱいいることも確か。

でも、私は知らず知らずのうちに自分を彼女たちと同じカテゴリーに当てはめて疑わなかった。

本当はもっと、マイペースな幸せが好きなのに。

 

日本に帰ったら、本当に気に入った洋服とアクセサリーだけ残そうと思う。

居心地のいい読書スペースを家に作って、本にお金をかけよう。

心から行きたい旅行先ができたら、主人の機嫌なんて考えずに、一生懸命説得して、ホリデイを取得しよう。

 

それだけ決めたら、なんだか心がすっと軽くなった。

 

これまで、ねたんでいたものがあったのも確か。

手をつないで、仲良く集会に参加する駐在ご夫婦がうらやましかった。

英語が達者なご主人が、うまくしゃべれない奥さんをフォローするのを見て、いいなって思った。

自転車にがっつり荷物を積んで、2日にいっぺん買い物をする私とは対照的に、ご主人の車で週に1度、大きな買い物を終えて余裕のある生活をしているご夫婦がうらやましかった。

奥さんが病気になったとき、日本の病院と航空券の予約を即座にとってくれたご主人は、優しいなって思った。

 

私は主人が忙しいから、自分のことは自分でやった。

 

でも、私は、自由に過ごせる今の時間が好き。

私のマイペースな幸せを尊重してくれる主人が好き。

主人に頼れなかったから、私ひとりで築いてきたものがある。

この町での友達コミュニティ、店員さん、大家さん、管理人さん、近所のホームレスさんとのつながり、スーパーの情報、生活の知恵。

これらは、間違いなく、私が自分の手で開拓してきたもの。

 

人のものをねたまずに、「自分がなにを持っているか」をよく理解すること。

それが、幸せへの第一歩だなと、最近切に思う。

 

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