ベジタリアンは健康にいいのか、環境にやさしいのか
「ベジタリアンになるべきか」という議論がなされた。
香港人のエイミーが、これについて意見を言った。
「ベジタリアンになるべきだ。
1つめの理由は、健康にいいから。糖尿病やガンの予防にもなる。また、家畜を太らせるために薬品やホルモンが投薬されていて、それは人間の体にも害を与える。
2つめの理由は、環境にも優しいから。肉を生産するために、私たちはたくさんのエネルギーを無駄にしている。」
これに対して、トルコ人が反対意見を言った。
「人間が原始的に動物をとって食べるという行為は、止めることができないから、ベジタリアンになることは難しい」と。
主催者のアンソニーが口を挟んだ。
「エイミーの意見をもとに反論をしなきゃ。本当にベジタリアンは健康にいいのか?環境にやさしいのか?そこから考えよう」
ベジタリアンは健康にいいのか
アンソニーが教えてくれた。
「糖尿病の予防に、肉は関係ないかもしれないね。肉じゃなくても、糖質の高いものを食べれば糖尿病になっちゃうし。でも、ガンの予防にはなるかもしれない。
とくに、赤身の肉(牛肉)は、ガン細胞の成長を促進すると言われている。ホワイトミートと呼ばれる、鶏肉や魚肉は関係ないんだけどね。」
アンソニーは、香港人だけれど、人生の3分の2をイギリスで生活してきた、名門大学の教授だ。普段面白い話ばかりして私たちを笑わせるので気づかなかったけれど、今日は先生らしいことを言っている。
「肉を食べなければ家畜を太らせるための薬品やホルモンを避けることができて、健康にいいっていうけど…野菜だって、遺伝子組み換えされていたり、農薬を使ったりしているから危険だよね?」
…なるほど。アンソニーは、「ベジタリアンになると健康にいい」という考え方にあまり賛成できない様子だ。
「逆に、肉を食べないから不健康になるって意見も出ているね。でも、肉を食べなくてもたんぱく質はほかの食べ物で代替できるから、僕は問題ないと思う。
ベジタリアンは動物由来のものをすべて避けているビーガンと違うから、玉子やチーズも食べるし、ナッツや豆や…そうそう、虫を食べてたんぱく質をとることができる。」
…虫。
「あれ、知らなかった?虫は貴重な栄養源だから、肉の代わりに虫を食べようという動きがあるんだよ。」
ド田舎に実家をもつ私は、イナゴの佃煮やハチの子を食べる。
父が酒の肴に食べていたので、私も小さい頃から躊躇なく食べてきた。
でも、今の若い子たちは、いくら栄養にいいからといって、毎日虫を食べることができるだろうか。そこまでして、健康志向、環境対策に協力しようとするのだろうか。そうだとしたら、尊敬する。
ベジタリアンは環境にやさしいのか
「ベジタリアンになると、環境にやさしいというのは本当かな?」
アンソニーが聞くと、みんなが口々に知っている情報を話し出した。
「家畜を育てるために使う飼料は、人間が食べる大豆だって聞いたよ。大豆を作って、さらに牛を育てて…という二段階のステップが、エネルギーの無駄なんじゃないかな。」
「家畜を育てるための場所があるなら、もっとほかの穀物を育てることができるはず。そういう点からすると、家畜を育てるのは不経済よね。」
日本に住む私は、そんなこと考えたこともなかった。当然のように酪農家さんたちがいて、酪農家さんが大事に育てた家畜がいて、そのお肉がスーパーに並ぶから、私はそれを選択する。
でも、世界の人たちは、なんとグローバルな視点で食べ物を選んでいるのだろう。
ベジタリアン人口が多い国に、ブラジルがあがっている。
ブラジルは世界最大級の森林アマゾンを持つので、それを伐採して酪農をすることが問題視されているのだそうだ。
あんなに広大な土地を持つんだからちょっとくらいいいじゃない、と思ってしまう。
でも、広大な土地を持つからこそ、環境問題に対する意識が高いのだろう。
ここで、アンソニーが口をはさむ。
「動物を育てるのが環境に悪いっていうけど、ビーガンだってエネルギーを無駄に使っているっていう反論もあるよ。たとえば、ビーガンは牛乳の代わりに、アーモンドや大豆から作られたミルクを飲む。でも、あれを生産するには、かなりのエネルギーが必要なんだよ。
小さな種子からミルクの原料を取り出すには、相当の手間と労力がかかっているんだから。」
うーん、さっきから聞いていると、肉を食べても食べなくても、人間はたくさんのエネルギーを消費しつづけているんだなと実感する。
アンソニーは続けた。
「そうはいっても、酪農は環境によくないという考え方をする人は多いね。完全にはベジタリアンになれないけれど、ベジタリアンに近い食生活を実践する人も増えているんだよ」
「ゆるベジ」のすすめ
アンソニーは、2つの単語を教えてくれた。
ひとつは、「pescatarian」。ベジタリアンだけれど、魚もOKとする人たちのことらしい。
「これなら日本人も実践しやすいんじゃない?」と勧めてくれた。
もし私が実践したら、毎日寿司を食べてしまいそうだ。焼き魚もおいしいけれど、塩分が多いから、健康が心配。
(寿司なら寿司で、アニサキスとかノロウィルスとか、ほかの心配も出てきそうだけれど)
もうひとつの単語は、「flexitarian」。日本では、「ゆるベジ」と呼ばれている人たちのことだ。家では肉を避けて調理するようにするが、外食で肉を提供された場合は食べる、という、柔軟なスタイルをとる人たちのこと。
日本の「ゆるベジ」の人たちは、「ベジタリアンの日」を決めて肉の消費を抑えているらしい。これなら実践しやすそうだ。
わたしの主人は、毎食肉がないと嫌、という人なので、私は必ず肉を買っている。
しかも、イギリスの肉のパックは、1パック500グラム、700グラムの単位で売られているので、どうしてもたくさん消費してしまう。日本みたいに、薄切り300グラムにしてくれたら、野菜やキノコでかさましできるのに、厚切り肉を焼いたりブロック肉を角煮にしたりしてしまいがち。
健康のためにも、環境のためにも、私も「ゆるベジ」を始めてみようかなと思う。
正直、イギリスのお肉を切る作業が好きではない。
まだ羽根がついたままの鶏肉とか、血のかたまりや筋がこびりついた豚肉とか、生々しい肉の塊を切っていると、ときどきうんざりする。だから丸ごと焼いてしまうことが多いのだけれど。それだとたくさんお肉を食べちゃうから。肉を切って、野菜でかさましして。
そうすれば、野菜やキノコの消費量も増え、体にとってもいい。
環境にも、家庭にも優しい。
環境のためにひとはだ脱いで、あのどっしりとした肉のかたまりと対峙しようと思う。
それくらいなら、私にもできる。